患者さん目線で考える
栄養管理最前線

各先生のご所属等は掲載当時のものです。

第2回

CKDにおけるサルコペニアについて

菅野 丈夫 先生
神奈川工科大学健康医療科学部
管理栄養学科実践臨床栄養学研究室 教授

はじめに

前号(2023 No.1)「第1回:CKDに対するタンパク質および食塩制限」で紹介したように、慢性腎臓病(CKD)では腎機能障害の進展抑制のため、タンパク質制限を中心とする食事療法が行われる。しかしながら、タンパク質制限は栄養障害からサルコペニアを引き起こしかねないとの見解もある。今回は患者のQOLや生命予後を考慮したタンパク質制限の考え方、コツを紹介する。

CKDにおけるサルコペニアの疫学

サルコペニア(Sarcopenia)は1989年、Rosenbergによって提唱された造語であり、ギリシャ語でsarx(sarco)は筋肉を、peniaは喪失を意味する1)。筋肉量と筋力の進行性かつ全身性の減少を呈する症候群であり、わが国ではアジアワーキンググループ(Asian Working Group for Sarcopenia)の診断基準2)が推奨されている。

CKD患者は一般人口に比べサルコペニアの合併頻度が高く、CKDステージの進行とともに上昇する。報告によりばらつきはあるが、Ishikawaらによる観察研究3)では、ステージG3bで20%、ステージG4は29%、ステージG5では38%と報告されており、海外に比べ頻度は高い。国内外で差がある理由は不明だが、腎機能の低下に伴いサルコペニアの頻度が上昇する傾向は共通している。

なぜCKDでサルコペニアを合併しやすいのか?

サルコペニアはその原因により、加齢による一次性、運動不足や疾患、栄養不良によって起こる二次性に分類される4)

CKD患者におけるサルコペニアの発症や進展には「一次性」のリスクに加え、運動不足、尿毒症や慢性炎症、代謝性アシドーシス、インスリン抵抗性、天然型ビタミンD不足、腎性貧血による酸素供給量低下、食事制限など、さまざまな要因が関与する。CKDの治療に用いられる高カリウム血症治療薬や高リン血症治療薬は便秘を呈しやすく、便秘による食欲減退もサルコペニアを引き起こす要因となる。

また、CKDではタンパク質の代謝産物が尿毒症物質として蓄積するが、発症機構は不明ながらこれらの尿毒症物質の蓄積がサルコペニアの発症に関与するという考え方もある5)。主な尿毒症毒素にインドール、インドキシル硫酸、p-クレジル硫酸があるが、とりわけp-クレジル硫酸は筋力低下や筋委縮を促進し、サルコペニアを助長する尿毒症毒素として知られている。

CKDにおけるタンパク質制限の現状

日本腎臓学会では、CKD患者に対するタンパク質の推奨量を腎機能区分別に示しており、ステージG3aでは標準体重あたり0.8g/kg 標準体重(BW)/日、さらにステージが進展すれば0.6〜0.8g/kg BW/日としている6)

前述の尿毒症物質の蓄積を考慮しても、タンパク質制限は尿毒症を軽減し、CKD患者におけるサルコペニアを抑制する効果もあると考えられる。

一方、二次性サルコペニアの要因の1つに食事制限が指摘されているように、CKDの食事療法としてのタンパク質制限がサルコペニアを引き起こしかねないとの見解もある。『エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018』7)においても、「たんぱく質摂取制限によってCVD発症、感染症、サルコペニア、フレイルを増減させたことを直接示した研究はなかったが、高齢者を中心に過度なたんぱく質摂取制限はQOLや生命予後悪化につながる可能性」もあると記載されている。

日本腎臓学会は、すでにサルコペニアやフレイルを合併した患者を対象とした「サルコペニア・フレイルを合併した保存期CKDの食事療法の提言」8)を発表している。提言では、各ステージごとにタンパク質制限の緩和を考慮する場合とタンパク質制限を優先する場合のタンパク質量を示しており、どちらを優先するかについては患者の状態をよく観察したうえで決定すべきとしている(6)

サルコペニアやフレイルの予防を目的としたガイドラインは現在のところない。なお、サルコペニアは筋肉量や筋力の低下による身体機能の低下である。一方で、フレイルは統一された診断基準はないが、身体機能の低下に加え、心理・精神的な側面や社会的な側面も含めた機能低下がある状態を指す。


サルコペニアを合併したCKDの食事療法におけるタンパク質摂取量の上限の目安

文献6)より引用・改変

タンパク質制限時は十分なエネルギー確保が必要

ここで、タンパク質制限のあり方を考えるうえで興味深い研究結果を提示する。タンパク質制限の効果について検討したMDRD studyでは、ステージG4〜G5のCKD患者を厳格なタンパク質制限(0.28g/kg BW/日)群と通常のタンパク質制限(0.58g/kg BW/日)に振り分け、有意差が認められたのは24時間尿中クレアチニン排泄量のみであった9)

ところが、試験終了から7年後に生存解析を行ったところ、厳格なタンパク質制限群では死亡リスクが有意に上昇していた(ハザード比 1.92、95%信頼区間 1.15〜3.20)10)。この報告でポイントとなるのは、両群とも摂取エネルギーが十分でなかったことである。つまり、本研究ではタンパク質摂取量に比べエネルギー摂取量が不足していたことで体タンパクの異化が進み、より厳格なタンパク質制限により死亡リスクが顕在化した可能性がある。

一方、われわれは厳格な低タンパク質制限(0.4g/kg BW/日)を10年以上継続した19例を後ろ向きに検討した結果、ベースライン時から体重は減少せず、血清アルブミン値、コレステロール値に変化は認めず、血清鉄、銅、亜鉛、ビタミンはいずれも基準値の範疇におさまっていた。

これは、われわれの指導においては、動物性タンパク質の割合(動タン比)を60%以上に保つことにより食事のアミノ酸スコアを95以上に保ち、かつ28〜36 kcal/kgという十分なエネルギー摂取量が確保できていたためと考えられる。

タンパク質制限による栄養障害を予防するには

これらの結果から示唆されるように、不適切な方法によるタンパク質制限はエネルギー不足から逆に栄養障害を招くリスクを伴う。

また、タンパク質制限の指導内容は一律に決められるものではなく、患者の年齢や腎機能、全身状態や合併症、生活状況などを総合的に判断し、決定することが重要である。われわれも栄養指導を行うなかで、病態に合っていない情報や科学的根拠のない情報を鵜呑みにし、自己流の食事制限で状況をさらに悪化させている患者をしばしば経験する。

特にCKD患者は複数の栄養素の調節を考慮する必要があり、食品情報の取捨選択を患者のみで行うのは困難である。患者個々の病態やリスク、アドヒアランスなどを総合的に判断し、安全かつ効果的なタンパク質制限を行うためには、医師との連携のもと、管理栄養士が継続的な栄養指導を行うことが重要と考えられる。

サルコペニアを考慮したCKDの栄養指導のコツ

最後に、CKD患者に対するサルコペニアに配慮した栄養指導のポイントや患者からの質問への回答例を紹介する。

タンパク質制限の指導の前にエネルギーの補給法を指導する

サルコペニアの原因は多くの場合、タンパク質制限そのものではなくタンパク質制限に伴うエネルギー不足である。したがって、食事の指導ではまずエネルギーの補給法から指導する。具体的には、主食を通常食品から低タンパク食品に変更する、粉あめや中鎖脂肪酸(medium chain triglyceride:MCT)製品の紹介とその使い方を説明するなどである。肉類や魚介類の減らし方などは、これらが実行できた後に指導する。

患者が「最近、どうしても食欲がわかない…」というとき

患者の体調や心理面には波があり、栄養指導においては柔軟な対応も必要である。何らかの原因で食欲が減退しているときは、医師と連携しながらその原因に対する対応を図るとともに「この1週間は、好きなものでいいのでしっかり食べてください」などとタンパク質制限を一時緩和することも考慮する。

患者のモチベーションを維持するには?

患者の自己管理を促すうえで自宅での体重測定が有用である。体重の測定は、エネルギー摂取量の過不足と浮腫の早期発見につながる。エネルギー摂取量が不足している場合、体重は減少し、過剰の場合は増加する。また浮腫の場合、1週間程度で体重が2~3kg増加することがある。これらの意義を説明したうえで体重の測定を行うことは、日常生活における自己点検となりモチベーションの維持が期待できる。

尿毒症物質の蓄積をチェックする方法は?

日常臨床において尿毒症物質の検査は行わない。しかし、尿毒症物質は尿素窒素(BUN)とよく比例することが知られているので、BUNの数値が参考となる。BUNの上昇は尿毒症物質の蓄積を意味し、BUNの低下はその減少を意味する。ただしBUNは、脱水や感染症などのときには一層上昇するので評価にあたっては注意を要する。

References
1) Rosenberg IH.Am J Clin Nutr.1989;50:1231-3.
2) Chen LK,et al.J Am Med Dir Assoc.2014;15:95-101.
3) Ishikawa S,et al.PLoS One.2018;13:e0192990.
4) Cruz-Jentoft AJ,et al.Age Ageing.2010;39:412-23.
5) Fouque D,et al.Kidney Int.2008;73:391-8.
6) 日本腎臓学会(編).慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年版.東京:東京医学社;2014.
7) 日本腎臓学会(編).エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018.東京:東京医学社;2018.
8) サルコペニア・フレイルを合併したCKDの食事療法検討WG.日腎会誌.2019;61:525-56.
9) Kopple JD,et al.Kidney Int.1997;52:778-91.
10) Menon V,et al.Am J Kidney Dis.2009;53:208-17.