臨床症状から紐解く疾病診断

各先生のご所属等は掲載当時のものです。

Vol.3

脳卒中を見逃すな

松尾 汎 先生
医療法人 松尾クリニック 理事長
藤田医科大学 客員教授

はじめに

厚生労働省による2022年の人口動態統計月報年計(概数)の概況1)によると、日本人の死亡原因の第1位は悪性新生物で
24.6%、続く第2位が心疾患(高血圧性を除く)で14.8%、第3位が老衰で11.4%、第4位が脳血管疾患で6.8%であり、心臓と脳の両者を合わせた循環器病はがんに次ぐ死亡原因となっています。なかでも脳血管疾患は死亡原因として重要であるだけではなく、後遺症により介護が必要になる割合が高いという問題もあります。また、2020年度の日本の国民医療費をみると、「循環器系の疾患」が6兆21億円と最も多く、「新生物(腫瘍)」の4兆6,880億円を上回っていました2)。こうした背景から、2018年に「健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法(脳卒中・循環器病対策基本法)」が成立し、国をあげて循環器病の予防や治療体制の整備を推進する方針が示されました。そこで今回は、わが国において重要な課題である脳卒中の早期発見と発症予防に役立つ「頸動脈エコー」について解説したいと思います。

どのようなときに脳卒中を疑うのか

患者さんがどのような症状を訴えた場合に脳卒中を疑い、頸動脈エコーを行えばよいでしょうか。米国脳卒中協会が提唱している「FAST:face,arm,speech,time」が有名です。FASTでは、脳卒中の代表的な症状である、顔の歪み(face)、手に力が入らない(arm)、うまく話せない(speech)が1つでも突然に生じたら脳卒中を疑い、すぐに(time)救急要請しましょう、としています。日常臨床でも、片方の手足・顔半分の麻痺・しびれが起こる、呂律が回らない、言葉が出ない、他人のいうことが理解できない、力はあるのに立てない・歩けない・フラフラする、片方の目がみえない、物が2つにみえる、視野の半分が欠けるといった症状があれば脳卒中を疑い、原因探索として頸動脈エコーなどを行います。

「 起こしてから」ではなく「起こす前」に

脳卒中は「脳梗塞」、「脳出血」、「くも膜下出血」に分けられます。このうち脳出血は高血圧治療の普及により減少していますが、脳梗塞は過去70年の人口動態統計から増加傾向にあります。脳梗塞は血管の詰まり方によって、「ラクナ梗塞」、「アテローム血栓性脳梗塞」、「心原性脳塞栓」に分類され、なかでも「ラクナ梗塞」は脳の動脈硬化が、「アテローム血栓性脳梗塞」は頸部の動脈硬化が原因で発症します。

動脈硬化は、動脈壁の内膜中膜複合体厚(IMT)が肥厚することに始まり、進行するとプラークが形成され、プラークの増大により狭窄が生じるという経過を辿ることが知られています。また、IMTの肥厚が厚いほど脳血管障害や冠動脈疾患のリスクが高くなることがわかっており3)、総頸動脈のmax IMTが0.1mm増加すると、脳卒中が18%増加するという報告もあります4)
IMTは加齢に伴って厚くなることから5)、高齢者ほど注意が必要です。先述の通り、脳梗塞は後遺症により介護が必要になるケースも多く、当事者の生活の質(QOL)や医療費の問題を考えても、「起こしてから」の対応では遅く、「起こす前」の予防が重要です(図1)。そのため日常臨床では、生活習慣病の治療を動脈硬化を診ながら行うことが有用であり、その最も簡便な方法が「頸動脈エコー」になります。

図1
脳梗塞を「起こす前」に頸動脈エコーによるリスク管理が重要

なぜ頸動脈エコーなのか

動脈硬化の評価に用いられる血流依存性血管拡張反応(FMD)や脈波伝播速度(PWV)、心臓足首血管指数(CAVI)は動脈の内皮機能や硬化度を評価する検査です。肥厚やプラーク、狭窄などの形態的な変化を評価できるのは、エコー検査、CT血管造影法(CTA)、MR血管造影法(MRA)、血管造影検査であり、なかでも頸動脈エコーは無侵襲かつリアルタイムに評価できる点がメリットになります。また、たとえばここに収縮期血圧が150mmHgのAさん、HbA1cが7.5%のBさん、LDLコレステロールが180mg/dLのCさん、血清尿酸値が8.0mg/dLのDさんがいたとして、そのなかで最も循環器病のリスクが高いのは誰でしょうか? その答えは「わからない」が正解です。血液検査の数字から循環器病のリスクを推し量ることは難しく、そのために目でみてわかる頸動脈エコーが役立つのです。

頸動脈エコーで何を診る?

頸動脈エコーにおける観察のポイントは、「IMT肥厚」、「プラーク」、「狭窄」の3つです。リニア型プローブを頸動脈にあて、「厚いか」、「でこぼこしているか」、「狭いところがあるか」を評価してください。細かな計測は専門医が担う領域になります。循環器疾患対策においては開業医と専門医の役割分担が重要であり、開業医には疑い例を拾い上げ専門医に紹介する、早期発見への貢献が求められます。

専門医へ紹介する基準は?

では、専門医にはどのような基準で紹介すればよいでしょうか。図2の通り、頸動脈エコーを行ってmax IMT≦1.5mmで隆起もなかった患者さんに対しては毎年フォローを行う必要はなく、次の検査は2~3年後で問題ありません。max IMT≦1.5mmでmax IMT≧1.1mmの隆起病変を認めた場合は「プラークあり」となり、まずは半年後に再検査を行ってください。そしてmax IMT>1.5mm、プラーク占有率≧50%となる場合は速やかに専門医に紹介してください。一方で、max IMT>1.5mm、プラーク占有率<50%の場合でも、リスクの高いプラークを認めた場合は早期に観察するか、速やかに専門医に紹介してください。リスクの高いプラークとは、動いている「可動性」のあるものやジュクジュクとした「形状変化」のあるもの、急に大きくなったり小さくなったりという「急速進行」がみられるものを指します。なお、狭窄は膨大部でよく生じるため、プローブを総頸動脈の心臓側から頭側にスライドしていく際には、内頸動脈と外頸動脈に分かれる分岐部(図3)までしっかりと観察することが重要です。

図2
頸動脈エコーによる専門医への紹介基準

文献13)より筆者追加

図3
頸動脈エコーの観察可能範囲

IMT肥厚・プラーク・狭窄があった場合の対応は?

高血圧や糖尿病、脂質異常症に対する薬物治療によりIMT肥厚が改善したという報告があり6)-9)、生活習慣病の治療をしっかり行うことが重要です。頸動脈エコーを行い、IMT肥厚やプラークを認めて経過観察となった患者さんに対しては、生活習慣病の治療をしっかり行いながら、図2の頻度で頸動脈エコーを実施してください。なお、プラーク占有率≧50%の狭窄は、
100人検査して4人程度、手術を必要とするようなプラーク占有率≧70%の狭窄は100人検査して1人程度と頻度はそれほど高くありません10)-12)。狭窄があっても無症候の場合はほとんどが内科療法の適応となり、プラーク占有率≧70~75%でステント治療などの侵襲的治療が検討されます。

おわりに

高齢化が急速に進むわが国では、循環器病への対策が急務となっています。そのカギを握るのが、生活習慣病の管理を担っておられる開業医の先生方です。頸動脈エコーは簡便に実施でき、動脈硬化の早期発見や進行度合いをリアルタイムに確認することができますので、ぜひ日常臨床に活用していただきたいと思います。また、ここでは誌幅の都合上、頸動脈エコーの検査方法や評価方法の紹介は省きましたが、日本超音波医学会のWebサイト(https://www.jsum.or.jp/committee/diagnostic/pdf/jsum0515_guideline.pdf)に詳しく紹介されていますので、よろしければご参照ください(無料)13)

References
1) 厚生労働省.令和4年(2022)人口動態統計月報年計(概数)の概況.https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai22/dl/gaikyouR4.pdf(閲覧:2023-7-12)
2) 厚生労働省.令和2(2020)年度国民医療費の概況.https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/20/dl/data.pdf(閲覧:2023-7-12)
3) Salonen JT,et al.Arterioscler Thromb.1991;11:1245-9.
4) Lorenz MW,et al.Circulation.2007;115:459-67.
5) Homma S,et al.Stroke.2001;32:830-5.
6) Pitt B,et al.Circulation.2000;102:1503-10.
7) Koshiyama H,et al.J Cardiovasc Pharmacol.1999;33:894-6.
8) Taylor AJ,et al.Circulation.2002;106:2055-60.
9) Mazzone T,et al.JAMA.2006;296:2572-81.
10) Fine-Edelstein JS,et al.Neurology.1994;44:1046-50.
11) Mannami T,et al.Stroke.1997;28:518-25.
12) de Weerd M,et al.Stroke.2010;41:1294-7.
13) 日本超音波医学会.超音波による頸動脈病変の標準的評価法2017(2018年1月29日公示). https://www.jsum.or.jp/committee/diagnostic/pdf/jsum0515_guideline.pdf(閲覧:2023-8-3)