臨床症状から紐解く疾病診断

各先生のご所属等は掲載当時のものです。

Vol.4

腹部大動脈瘤を見逃すな

松尾 汎 先生
医療法人 松尾クリニック 理事長
藤田医科大学 客員教授

はじめに

腹部大動脈瘤は、破裂するまでほとんどの方は無症状ですが、ひとたび破裂すると後腹膜腔、腹腔内に大量の出血をきたし、激烈な腰痛と腹痛を生じます。そして短期間にショックに陥って意識を消失し、90%以上が死に至るといわれています1)。こうした事態を招かないために、大動脈瘤を破裂する前に発見することが重要ですが、わが国には公的な検診システムがないため、現状では他の病気の検査や人間ドックで偶然見つかることがほとんどです。一方で、腹部大動脈瘤のスクリーニングには腹部エコーが有用であり、その発見精度は感度98%、特異度100%といわれています1)。リスク因子のある患者さんに対しては一度、エコーによるスクリーニングを実施していただきたいと思います。

1)腹部大動脈瘤のリスク因子は?

大動脈瘤は、「大動脈の壁の一部が、全周性、または局所性に(径)拡大または突出した状態」と定義されています2)。一般的に胸部大動脈の直径が30mm、腹部大動脈の直径が20mmとされており、これが胸部で45mm、腹部で30mmを超えると大動脈瘤といわれます2)。瘤の大きさが大きくなるほど破裂のリスクが増大し、腹部大動脈瘤の年間の推定破裂率は40mm未満では0%、40〜50mm未満で0.5〜5%、50〜60mm未満で3〜15%、60〜70mm未満で10〜20%、70〜80mm未満で20〜40%、80mm以上で30〜50%といわれています2)

『2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン』では、腹部大動脈瘤のリスク因子として、男性、65歳以上、喫煙、高血圧、家族歴を挙げています2)図1)。有病率については、国内20施設の多施設共同研究が実施されており、60歳以上の高血圧患者さん1,731人に腹部触診と腹部エコー検査を行ったところ、69人(4.1%)に腹部大動脈瘤が発見されました3)。同研究では、高血圧患者さんにおいて「男性」と「高齢」が独立したリスク因子として特定されています。

図1
腹部大動脈瘤のリスク因子

2)先天性や炎症性の疾患にも注意が必要

大動脈瘤の多くは動脈硬化により発症しますが、一部では先天性の疾患や炎症性の疾患により生じることがあります。その代表疾患が「マルファン症候群」と「高安動脈炎」です。マルファン症候群を罹患していた人としては、米国第16代大統領のエイブラハム・リンカーンが有名です。常染色体優性遺伝による遺伝性疾患であり、身長や四肢、指趾が長いという身体的な特徴がみられます。骨格系、心血管系、眼科系に病変をきたし、死因の90%以上が心血管系合併症といわれています1)。高安動脈炎は、東洋の若年女性に多い、原因不明の血管炎です。大動脈とそこから分枝する主要な動脈に炎症が生じ、血管壁の肥厚をきたして、狭窄、縮窄、閉塞または瘤形成をきたします1)。日本人の眼科医が発見した疾患であり、眼への血流障害により視力障害を生じることもあります。たとえば、背が高く手足の長い患者さんや、若年女性で原因不明の慢性炎症をきたしている患者さんに対してはこれらの疾患を疑い、大動脈のフォローに繋げることが重要です。

3)腹部大動脈瘤スクリーニングの実際

腹部大動脈瘤の有病率は胸部大動脈瘤よりも圧倒的に多いことから、リスク因子のある患者さんへのスクリーニングとしては、腹部の触診と腹部エコーを行うとよいでしょう。腹部の真ん中、臍の少し上あたりを触診すると、拍動性の腫瘤を触知することがあります。上から圧迫するのではなく、左右を挟むように触診すると動脈瘤かどうかの区別がつきやすいです(図2)。ただし、肥満体型の患者さんでは、触診だけで診断することが困難な場合があります。腹部エコー検査はそのような患者さんを含め、痛みなどの侵襲を伴わず、多くの患者さんに対し、正確な診断が可能です。プローブはコンベックス型を用い、上腹部を血管短軸断面(横断像)で観察します。もし胸痛や背部痛などの症状がある場合には、胸部大動脈瘤や大動脈解離も疑い、セクタ型プローブを用いて胸部のエコー検査も併せて行うことが推奨されます。胸部エコーに不慣れの場合は、胸骨上窩にプローブを置き、胸骨の裏側を覗き込むようにプローブを傾けると大動脈が観察しやすいです(図3)。腹部大動脈瘤を発見した場合には、早期に専門施設を紹介し、腹部CT検査を実施します。治療の適応は、動脈瘤の直径が男性50mm以上、女性45mm以上とされていますが1)、マルファン症候群ではより早期の40mm以上で手術の適応となることが多いようです。

図2
腹部大動脈瘤の触診

図3
セクタ型プローブを用いた胸骨上窩アプローチ

4)腹部大動脈瘤の治療方法は?

腹部大動脈瘤の治療には、人工血管置換術とステントグラフト内挿術があります(図4)。人工血管置換術は動脈瘤を切除し、人工血管に入れ替えるもので、手術侵襲はステントグラフト内挿術よりも大きいものの、一度成功すれば再治療の心配の少ない確実な治療法といえます。一方で、ステントグラフト内挿術は動脈瘤はそのままに、内側にバイパスをつくることでその破裂を防ぐものです。手術侵襲が少なく、近年はその材質も改良が重ねられており、ステントグラフト内挿術を選択する症例が増加しています。

図4
腹部大動脈瘤の治療方法

おわりに

近年、超音波検査機器の進歩は目覚ましく、「Point-of- care ultrasound(POCUS)」と呼ばれる、迅速な診断を目的とした担当医によるエコー検査が広まってきています。POCUSは欧米を中心に、主に救急領域で発展してきましたが、私は開業医の先生方に対し、do it yourselfを付け加えた「POCUS-DIY」を提案しています。超音波検査機器は高性能のものが、以前に比べると手ごろな価格で購入できる時代となりました。エコー検査を開業医の先生方が自らの手で行うことで、病気の発見や経過観察の質を格段に上げることができます。ポータブルエコーは在宅診療にも有用であり、診療報酬も算定できるようになりました()。ぜひ少し手を広げ、日常診療にエコー検査をご活用いただきたいと思います。


超音波検査の保険点数(2023年11月現在)

References
1) 日本超音波医学会用語・診断基準委員会. 超音波による大動脈病変の標準的評価法2020.
https://www.jsum.or.jp/committee/diagnostic/pdf/aorticlesion2020.pdf
2) 日本循環器学会,他. 2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン.
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/07/JCS2020_Ogino.pdf
3) Fukuda S, et al. Circ J. 2015;79:524-9.